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大阪地方裁判所 昭和43年(む)274号 決定 1968年11月08日

申立人 日本珈琲貿易株式会社

決  定 <申立人氏名略>

右申立人から、大阪水上警察署司法警察職員が昭和四三年一〇月一四日別紙目録記載の押収品についてなした仮還付処分につき、準抗告の申立があったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

大阪府大阪水上警察署司法警察職員が昭和四三年一〇月一四日別紙目録記載の物件についてなした仮還付処分はこれを取消す。

理由

本件申立の要旨は、

一、大阪府大阪水上警察署司法警察職員は、古川矢敏に対する窃盗並びに関税法違反被疑事件の証拠品として昭和四三年一〇月九日大阪市南区横堀七丁目二三番地申立会社倉庫において、申立会社から別紙目録記載の物件(以下本件押収物という)を押収したのであるが、同月一四日右押収物を盗難被害者である上島珈琲株式会社ほか一名に仮還付をした。

二、しかしながら、本件押収物は申立会社が同年九月一〇日本件押収品と同種の物を販売する乾食品商会こと北充晴から輸入コーヒ豆UCCマーク入二一袋代金四〇万九、九九八円、同SIマーク入七袋代金一六万五、七八八円にて善意で買受けたものの一部である。したがつて、申立会社は民法一九四条により被害者に代価弁償を請求でき、その弁償を受けるまでは本件押収物の返還を拒絶できる抗弁権を有するものである。

三、しかるに、大阪水上警察署司法警察職員のなした前記被害者仮還付により申立会社は右の抗弁権を喪失し、被害者は代価弁償請求の抛棄を受けないで、ただで本件押収物を回復する地位を得ることになるのであるから、右仮還付は申立会社の権利を侵害する不当な処分といわなければならない。

四、そこで、申立会社は大阪水上警察署司法警察職員のなした本件押収物の被害者仮還付の取消並びに本件押収物を申立会社に仮還付する旨の裁判を求めるため本件準抗告に及ぶというにある。

よつて検討するに、一件記録によれば、古川矢敏ほか二名が昭和四三年九月一〇日午前二時ごろ、大阪市港区石田二丁目三番五〇号辰己倉庫前安治川左岸にけい留中の三菱八号艀において、上島珈琲株式会社所有の輸入コーヒ豆UCCマーク入二二袋(時価四二万二、四〇〇円相当)並びに石光商事株式会社所有の輸入コーヒ豆SIマーク入一〇袋(時価一八万円相当)を窃取したこと、その後、大阪水上警察署司法警察職員は、右古川矢敏を窃盗、関税法違反被疑事件で検挙し、同事件の証拠品として、大阪地方裁判所裁判官の発付する差押許可令状により同年一〇月九日大阪市南区横堀町七丁目二三番地申立会社倉庫において、申立会社から右盗難品の一部である本件物件を押収し、同月一四日請求により被害者上島珈琲株式会社、同石光商事株式会社に本件押収物を仮還付したことが明らかである。

刑事訴訟法二二二条、一二三条二項によると、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、仮に押収物を還付することができる旨規定されており、そして、この仮還付は被押収者になされるのが通例であるけれども、必ずしも被押収者に限らず、被害者たる所有者もその請求権を有するものと解される。したがつて、たとえば押収物が盗難物であつた場合、被押収者が窃盗犯人、賍物故買者など悪意の取得者であるときはもちろんのこと、善意取得者であつても、民法一九三条所定の二年間(この期間物の所有権は被害者に帰属するというのが判例の立場である)、被害者たる所有者は押収物の仮還付請求権を有し、検察官、検察事務官又は司法警察職員は記録を精査して被押収者よりも被害者たる所有者に仮還付するのが妥当と判断したときその裁量により被害者たる所有者に仮還付することができる。しかしながら、ひとしく押収物が盗品であつても、競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人より善意で買受けた者は民法一九四条により被害者又は遺失主から代価の弁償なくしては物を回復されることのない地位にあるところ、これら善意買主が被押収者であつた場合、検察官、司法警察職員等の処分により押収物が被害者に還付されると、その被押収者は被害者に対して本来有する代価弁償の抗弁権を喪失することになる(大審昭和四、一二、一一、民集八巻一二号九二三頁、もつとも、学説は右判例に反対し、盗品の善意買主は、代価弁償請求権を抛棄しない限り、被害者に一応任意に引渡しても、その権利を喪失しないと主張している。かりにそうだとしても、善意買主である被押収者は被害者から代価弁償を受けるまで物を留置することができるが、還付処分に伴う物の占有の喪失により右留置権を失う。なお、質屋、古物商にあつては質屋営業法二二条、公益質屋法一五条、古物営業法二一条により代価弁償の権利がない)。しかして、仮還付は押収の効力を失わしめるものではないが、仮還付した押収物について、判決に際して別段の言渡しがないときは、仮還付者に還付せられたものとして取扱われる(刑事訴訟法三四七条三項)から、被押収者が善意買主であつた場合その者の前記地位に鑑み、仮還付は被押収者になされるべく、被害者仮還付は相当でないといわなければならない。

いまこれを本件についてみるに一件記録によれば、(一)前記古川矢敏は前記のとおり、昭和四三年九月一〇日午前二時ごろ、上島珈琲株式会社ほか一名所有の輸入コーヒ豆三二袋を窃取したのであるが、同人は同日午前七時ごろ米田要に右物件の中三一袋を代金四〇万円で売渡し、右米田は間もなく、これを内海和彦に代金四九万円で転売し、同人は雑穀仲介業山本師一を仲介のうえ同日午前九時半ごろ北充晴に代金五七万六、〇〇〇円に転売したこと、(二)右北充晴は昭和四一年春ごろから大阪市南区高津一〇番丁四番地旭商工内に連絡所を置いてコーヒ、缶詰類、レズーン、ココア、紅茶など食料品売買仲介業を営んでいるものであり、同人は内海から右物件を買受けるや、見本を作つて同日午前一〇時ごろ申立会社に赴き、右物件の売買交渉をしたこと、(三)申立会社はコーヒ、チーズ、干ブドウ等食品の輸購入、並びに食品機械の輸入等を業とし、大阪市南区横堀七丁目二三番地に事務所を置き、東京、名古屋、福岡に各支店を有する会社であつて、コーヒ豆を購入する形態としては産地から直接輸入する場合と同業会社又はブローカーを通じて購入する場合とがあり、前記食料品仲介売買業北充晴との取引交渉は申立会社専務取締役武田圭次が当つたこと、(四)その交渉中、同人は北充晴の持参した見本を見て取引物件が輸入コーヒ豆であることを知り、同業者が倒産して資金繰りに困りそれを手放したのではないかと考えて、右北に対し品物の出所を問い質したところ、同人は神戸元町からきたものである旨の返事をしたこと、(五)そこで、右武田は取引物件は倒産した会社或いはそれと関係のある会社が手放した品物であると信じ、前記日時ごろ右北との間に前記物件中UCCマーク入二一袋を一キロ当り二三〇円、SIマーク入一〇袋を一キロ当り二八〇円で買受ける旨の契約を締結したこと、(六)そして、申立会社は同日午後二時ごろ北充晴方倉庫に格納されていた前記物件三一袋を貨物自動車で運搬させ、申立会社倉庫において同会社受渡係員がこれを受領したのであるが、その際、検品の結果、SIマーク入三袋が汚損していたので、これを右北に返品し、結局同人から輸入コーヒ豆UCCマーク入二一袋(一、七八二・六キロ)を前記単価により四〇万九、九九八円、同SIマーク入七袋(五九二、一キロ)を前記単価により一六万五、七八八円で買受けることとなり、右代会計五七万五、七八六円をそのころ右北に対し小切手で支払つたこと、(七)輸入コーヒ豆UCCマーク入一袋の輸入価格は一万九、二〇〇円、その市場卸売価格は約二万四、〇〇〇円、同SIマーク入一袋の輸入価格は一万八、〇〇〇円、その市場卸売価格は約二万五、〇〇〇円であり、それら価格に基いて、申立会社が北充晴から買受けた物品の価額を計算すると、申立会社は輸入価格よりも四万六、五八六円高く、市場卸売価格よりも約一〇万三、二二〇円安い、いわば両価額の中間に当る前記代金で右物品を購入したことになること、(八)申立会社専務取締役武田圭次は同月一二日東京で開催された全日本グリーン協会定例会議に出席したさい、上島珈琲株式会社木村取締役から同会社が盗難にかかつた旨聞かされ、始めて、前記売買物件が盗品であると知つたこと、(九)申立会社は同年一〇月九日大阪水上警察署司法警察員から前記売買物件の一部である本件押収物を前述のとおり押収されたこと以上の事実が認められる。右認定事実を考察してみると、申立会社は本件押収物を含む輸入コーヒ豆二八袋を、これと同種の物を販売する食料品売買仲介業北充晴から買受けたものであることが明らかであり、それが善意であつたものと認められる。すなわち、申立会社は盗難のあつた日に再三に亘り転売されてきた前記物件を買受けたのであるから、右物件が盗品であることを知るに由なく、北充晴の売買取引が公然と行われたことはそれを裏付けるものといえる。その売買物件は多量の輸入コーヒ豆ではあるが、申立会社はこの種商品を直輸入、同業者又は仲介業者を通じて購入することを業としているものであるから、右物件を買受けたからと云つてそれ自体怪しむに足らない。また、商取引の迅速性という面から考えても、その売買をなすに当り当該商品が盗品であるか、それとも倒産の処分品であるかをいちいち調査する義務があるものとは思われない。したがつて申立会社専務取締役武田圭次が北充晴と前記物件の売買交渉をなすに際し、同人に右物件の出所を一応確かめたうえ同物件は倒産した会社或いはそれと関係のある会社が処分した品物であると信じて、これを買受けたことにつき過失があるとはなし難い。その買受代金を市場卸価格より低いというものの輸入価格よりも高いのであつて同種商品を直輸入している申立会社であつてみれば、必ずしも低額であるとはいいえない。

そうしてみると、申立会社は本件押収物につき民法一九四条所定の代価弁済の権利を有するものであるから、前段に説示した理由により、仮還付は被押収者である申立会社になされるべく、大阪水上警察署司法警察職員のなした前記被害者仮還付は不当として取消を免れない。本件準抗告は理由がある。

なお申立会社は、本件押収物を被押収者に仮還付せよと申立ており、その理由のあることは前説示のとおりであるが、捜査官の処分を対象とする準抗告においては、原処分を取消すだけで十分であり、原処分を積極的に変更すべきではないと思料されるから、主文においてその旨の宣言をしない。

よつて刑事訴訟法四三二条、四二六条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 広岡保)

(別紙)目録

輸入コーヒ豆 UCCマーク入 一五袋

同    SIマーク入   一袋

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